株式会社 ブレーンセンター

社内浸透

理念浸透のススメ
~企業買収後のガバナンスと
社員のモチベーションのために~
<前編>

株式会社クレイグコンサルティング
代表取締役 小河 光生

掲載日:2017年9月29日

1.理念浸透が注目される理由

昨年、日本企業の海外企業に対するM&Aが11兆円に達し過去最高となった。成熟する国内市場から成長する海外市場へと軸足を移す日本企業が多くなっていることを示す数字である。 一方で、海外のグループ企業が問題を起こし、これが日本本社を揺るがすケースも多発している。二部市場に落ちた東芝も買収したウェスチングハウス社の損失隠しが原因となった。日本郵政が過去買収したオーストラリア子会社の多額な減損処理に追い込まれたことも記憶に新しい。

11兆円に達した海外企業のM&Aは今後も伸長していく可能性が高い一方、海外企業買収後のガバナンスをどうすべきか、は等しく日本企業の課題であると捉えるべきだろう。もちろん巷間で言われるように、言語の問題や文化的背景の違いがあることも一因だろう。しかし、本当にそれだけの問題だろうか。

海外企業に限らず、企業買収後のガバナンスや社員のモチベーションを向上させていくことに何が有効なのか。本稿ではそこに理念浸透が有効であり、また理念浸透を経営的観点から実践する先進企業が出てきていることを紹介したい。ここで言う理念とは、経営理念に書かれた言葉に限らず、ミッション(使命)やバリュー(価値)、ウェイや行動規範などを含んだ理念体系全体を意味する。

日本電産の永守会長が、M&A成功の秘訣に買収後トップが現場に行き統合作業に参加することの大切さを挙げていることに留意したい。トップが現場に行くべきことを強調する理由は、現場に改革改善のタネが見えるということもあるだろうが、買収後の方針や自社が目指すこと、つまり自社の存在意義を社員に直接語る場面を作れるという理由が大きい。何を目指して買収を行ったのかという点はトップだけにしか説得力ある話ができない。そして何度も理念を語る機会を作るうちに、その話が社員の腹に落ちモチベーション強化につながってくる。

実は、理念浸透の大切さはわたしも体験している。わたしは10年ほど前PwCコンサルティングというコンサルティング会社に勤務していたが、グローバルでIBM社が同社を買収した。わたしの所属していたPwCコンサルティングジャパン(以下PwCJ)は、日本IBM(以下IBM)の傘下に入ることになった。PwCJは当時1600人の社員がいた。PwCJにいたコンサルタントと、IBMのサービスエンジニアは文化が異なり、わたしから見ても統合は苦労するかに見えたが、統合は案外スムースに運んだ。カギとなったのは、IBMの傘下に入った後、社員の処遇や評価制度、組織体制の独立性を認めたことが大きかった。文化的統合を急がなかった。一方でIBMにはビジネス・コンダクト・ガイドライン(BCG)という厳格な行動規範があり全社員にひとりずつ遵守のサインをさせる仕組みがある。ここだけはIBMは譲らなかった。IBMは理念の一つとしてインテグリティ(法令順守を越えた倫理的行動)を掲げていて、それを体現した仕組みがBCGであった。

BCGはIBMの理念を集約した行動基準を明示したもので、分量は数10ページに及ぶ単行本のような厚さのものである。毎年全社員が最終ページに遵守を約するサインをする仕組みだが、それだけではなく、社員全員対象の研修が年に数回あり、部下の研修受講率が上司の査定にも関わる厳格なものである。研修も実践的でBCG違反の事例などをケーススタディ形式で学ぶものであった。 BCGは例えて言うならば、IBMがグローバルで規定する“良い仕事”を集約したものである。上記のとおり、組織の独立性は配慮しつつ、理念浸透だけを徹底したメリハリのつけ方がグローバル企業の経験から編み出された方法論なのだろう。PwCJ社員にもその意図が刷り込まれ、結果的に統合の相乗効果が早期に獲得できた成功事例と言える。

★IBM社のビジネスコンダクトガイドラインの詳細はこちら
https://www.ibm.com/ibm/jp/ja/bcg.html

2.理念浸透は「良い仕事とは?」を現場に考えさせる

理念浸透がなぜガバナンス強化や社員のモチベーション向上につながるのだろうか。

理念は社会性(=志、使命)と経済性(=儲け)の二面性を持つ。“カネ儲け”だけを強調する理念というのは皆無だし、たとえば、“誠心誠意”といった、その会社の志や使命を必ず内包する。理念は創業者が起業した思いの吐露であり、経営者として会社を持続成長させるための大切な経験則である。

言い換えれば、理念は現場に“儲けの条件”を提示するものである。単に儲けを出すのではなく、ある基準(=志、使命)を守って儲けなさいと要求することである。これは麻雀で言えばリャンハンつけて上がりなさい、と言われていることと同じで、ただ単にカネ儲けをするだけでなく、儲けの手段にさらに高いものが求められる。つまりどんなに高収益の案件でも、理念に沿わなければその仕事はあきらめなければならない。これは単に「金儲けをしなさい」と言われることよりも実現が難しい。

  • 企業理念を意識しつつ、業績を上げていくために、社員は「よい仕事とは何か」を問い続ける必要があり、これは社員個人の中で「内的葛藤」を引き起こす。
  • 「内的葛藤」を越えて、自らの業務を再定義することで、組織の中にイノベーションが生まれる。
理念浸透の持つ効果

現場はこの二律(社会性と経済性)を満たすために仕事の内容を考えざるを得ない。IBMのBCGと同様に“良い仕事とはこうだ”と規定されるからだ。

国内企業、海外企業に関わらず、被買収企業は独立性を獲得するために成果を出そうと必死になる。業績を上げることに相当のプレッシャーがかかる。多少の無理をしても売上を上げようとするかもしれない。また、グローバルで見れば人権侵害に甘い法律しかない国、贈収賄に甘い国などもたくさんある。現地の法律を守りなさいと言うだけでは限界があり、手なりに現場に任せれば不祥事の温床になる。

理念浸透を進めれば、われわれの会社の良い仕事とはこういうこと、と提示することにつながる。たとえ、その国の法律には違反してなくても理念に反していればサービスできなくなるからだ。

理念浸透は不祥事を防ぐだけではなく、組織活性化やモチベーションの向上につながる。社会性と経済性の二律を満たすために困難な仕事にチャレンジしたり、仕事を工夫したりすること、そうした中から良質な風土が形作られる。

たとえば、前出の永守会長は買収企業に5Sを徹底させることで有名である。5Sは単に整理整頓を説くだけではないだろう。組織一丸の精神や小さな改善を積み上げる努力の徹底こそが大切であると、永守会長は5Sを通じてと現場に迫っているのだろう。トップが身を持って良い仕事とはこうだ、と動いて成果につなげれば、社員も成功体験を積み、それが進めば『格好いい仕事とはこういうこと』という企業風土につながってくる。

3.オムロンの理念浸透の取り組み

日本企業で理念浸透に力を注ぐ企業の代表例はオムロンだろう。創業者の立石一真氏が1954年に制定した社憲「われわれの働きで、われわれの生活を向上し、よりよい社会を作りましょう」を企業理念としている。理念の他には三つのバリューを付して理念体系を形作っている。常に先駆者となりチャレンジして社会的課題を解決していく、というのがオムロンの理念体系が意味するところである。

この理念を浸透させるために同社はTOGA(The Omron Global Award)という活動を継続している。TOGAは企業理念に基づくテーマを設定し、チームで協力しながら活動を行う。TOGAの驚くべきはその参加者数である。2015年には実に世界中から4,173テーマ、参加人数38,100人が参加したという。エリアごとに選考会を行い、最終的には創業記念日に京都本社に選抜チームが集まり発表した。その様子は日本の全支店にライブ中継され、HPにも動画が掲載されグローバルどこからでも共有できるようになっており、「社会に対してどう価値を生み出していくのか」というテーマで社員間に共感と感動が広まったという。

オムロンはもともとトップが全世界の支社に赴き、企業理念に関しての対話を続けている。こうした地道な浸透策が、TOGAにこれだけのチームを参加させる原動力になっていることを見逃してはならない。オムロンが目指す良い仕事のあり方を理念浸透で実現しようという強い意思が感じられる。TOGAの参加人数を見れば、理念浸透が社員の共感・感動につながり、モチベーションの高いチーム作りに寄与できることがわかる。

★オムロン社のTOGAの詳細はこちら
http://www.omron.co.jp/sustainability/omron_csr/idea/practice/

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